横浜市鶴見区の内科・循環器内科・呼吸器内科・アレルギー科

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Dr.本多 冬のコラム

現代は、SNSがますます隆盛で、勝手な誤情報も反乱しています。

先日、「歯磨きは人類しかやっていない、歯磨きはかえって歯の寿命を短くするから良くない」などと書いてある投稿をみつけて驚きました。確かに人類しか現在の歯磨き行為はしていませんが、例えばカバは大口を開けて「アカハシウシツツキ」という鳥だけに歯の掃除をしてもらっていますね。皆さんもテレビで見たことがあると思います。

 犬が骨を加えているのはマンガのお約束ですが、固い木片を噛んで歯を擦っている姿は見たことがありますね。

 概ね野生動物たちも木の枝などを噛んで歯を磨いています。

 野生種は、歯が抜け始めると死期を悟り、自主的に群れを離れ姿を消します。最期の骸を晒しません。見事です。

 人類はどうだったのでしょう。

人類が農業と定住生活の開始で、歯の役割や歯に付着する食物残渣の質がすっかり変わりました。 粘っこくなったといいます。これが、食後に歯を磨く習慣を招いたことは容易に想像できますが、記録は有りません。 わかっているところでは、仏陀が、弟子たちの口が臭いことに困り、歯磨きさせようと「歯木(しぼく)」を発明して歯を磨かせたという伝説があります。理由が面白いですね。 この仏教の伝播と共に歯磨きも広まったと思われます。

 仏典には歯木を使って、毎朝起床時に歯を磨き、読経の前に口中を清めることが勧められているのですが、口臭も取れ、食事も美味しくなるという効用が書かれているそうです。お釈迦様も苦しい言い訳するのですね。ほんとは、弟子の口臭に悩まされていたのですから。

 やがて、時代が下ると各国でも「歯木」が使われるようになりました。歯だけでなく、舌面を擦った木片もあるそうです。これはむしろ最近見直されていますね。

 歯木とは、木の先を噛んで繊維を房状にし、歯間を掃除する目的に使ったようです。 清潔を好むイスラムでは、コーランを唱える前に歯木(ミスワク、と言う)を使い、歯や舌を清める儀式が広まったそうです 

 中国では遼の時代(916年~1125年)で骨にブタの毛を植え込んだ、ほぼ現代と同型の歯ブラシが発明されていました。これが後にシルクロード経由で西洋に伝わったと考えられています。

 一方、曹洞宗を学びに渡海した道元は、中国の僧が、仏陀の歯木ではなく、奇妙な形の歯ブラシを使っていることに嫌悪感を持ったと言います。

 日本の庶民の間では、楊枝が江戸時代初期(1624年~1704年)に大流行し、白い歯が江戸っ子の証とされました。 そう言えば「芸能人は歯が白い」なんてコマーシャルもありましたね。

 日本では中国の歯ブラシが伝来せず、京都の『さる屋』という店の職人が考案した房楊枝(ふさようじ)が大人気だったのです。これを参勤交代の従者たちが、江戸土産に買って帰り、全国に広まったようです。目的は「おしゃれ」でした。黄色い歯は田舎者の証でした(笑)。

日本にも、シルクロード経由で遠回りした中国の歯ブラシが、西洋からやっと入ってくるのは、明治になってからでした。

 しかし、器用な日本人ですから、鯨のヒゲを柄に、馬の毛を植えて国産品を開発します。「鯨楊枝」と言い、1872年(早いです)には、既に大阪で売り出されました。その後、竹製、動物の骨製などが柄に使われ、ブタの毛がブラシになっていきます。

 (株)ライオン社がセルロイドの柄を使うようになると、日本の重要な輸出品となります。1917年の頃です。

 ところで、私たちの子供の頃は、朝の食事前の歯磨き一回が一般的で、これはお釈迦様の影響が残っていたのでしょうか?

 しかし、「食べたらみがく」が、高度経済成長期に一般化します。口腔衛生の大変革です。

 これは、子供たちの食生活収監が甘い者中心に増えたことで虫歯が激増したからだそうです。 1970年代以降は、練り歯磨き粉の品質も向上し、形状も多様化し、口腔衛生の思想が日本歯科医師会などの指導で深まります。

 1989年には「8020運動」が提唱され、皆さんもよく耳にしたと思います。80歳で20本の歯を維持しようという運動ですね。

 実は、私は、職業柄、食事がいつできるかもわからない多忙さの中、とうてい規則正しい生活のできない毎日でしたから、食事は、空いた時間の片手間仕事であって、じっくり食後に歯を磨くような習慣は、40歳になるまで身に付きませんでした。朝の一回、なんとかできれば幸いでした。

 40歳で、東芝さんの起業に専属する産業医となってみて、所属した安全衛生課の同僚(スタッフ)たちと昼食を取ると、なんと、誰もが食後にしっかり歯磨きを始めるではありませんか、しかも、たっぷり時間を取って、丹念に磨いています。 私は、感心してしまって、これぞ企業の健康を推進する部署であり、誰も面倒臭がらずに実践している姿に感銘を受けました。 それでやっと自分も、「食べたら歯磨き」ができるようになったのです。 企業の従業員さんの生活に比べたら臨床医の労働現場は、とても不健康で不衛生でしたね(笑)。

 最初の話に戻りますが、おそらく人類は、歯磨きの習慣を身に付けることで平均寿命を延ばして来たのだと思います。 ご老人も、歯が抜けてしまって硬いものが食べられなくなり、入れ歯で味がわからなくなると、いよいよ静かな死期が近づきます。 人類以外に、どんどん寿命を延ばしている動物はいませんから、自然の法則は別として、人類の歯磨きは、賢者の選択でした。

 ただ、動物は、同じ種においては、どんなにテリトリー上の争いをしても殺し合うことはありません。ルールがあって、勝敗を決める掟を護ります。掟破りの汚い手を使うこともありません。彼らが現代まで反映している根拠と言えるでしょう。 それに引き換え、人類だけが、同種の人類同志、息の根を留めるまで殺し合います。 これはどうしたことなのでしょうか、この一点において、人類は、地球上の他の動物種に対して、恥ずかしいことだと思います。歯磨きはできても、争いの掟を作れない、守れない恥ずかしさです。 2024年、11月、世界はいよいよ、戦乱を留められない歴史の曲がり角に来ています。 人類の英知が試されようとしています。

本多伸芳